センターニュース No.59

(発行・2005/10/15)

動き始めた性犯罪防止対策を考える 出所情報の提供・再犯防止教育

性犯罪の再犯防止を目的として、今年6月から、性犯罪者の出所情報の提供が始まりました。具体的には、13歳未満の子どもを対象にした性犯罪(強姦、強盗強姦、強制わいせつ、わいせつ目的の略取・誘拐)受刑者の出所予定日、出所後の居住予定地などの情報を、法務省が警察庁に提供するものです。

 この情報提供制度が始動するきっかけに、昨年11月、奈良市で起きた児童誘拐殺害事件があることは誰もが知るところです。捕まった男は、これまでも多数の子どもに加害行為をしていたことが判明し、性犯罪で二度の逮捕歴がありました。一度目は執行猶予、二度目は懲役3年の実刑を受け服役していました。この事実は、性犯罪者の再犯問題に対する社会的関心を呼び起こし、前歴者情報把握の必要性への意識が急速に高まりました。性犯罪を繰り返す男が野放しにされていなかったらこうした事件は防げたかもしれない、警察は何をしていたんだという世論の流れは、自然ともいえるものでしたが、その流れの中で、「子どもを対象とした性犯罪前歴者の出所情報提供制度」が急激に仕立てられ実施されたことは、再犯防止に真に有効なものなのか、疑問が残ります。この制度を協議する中で、同時に、情報提供を「子どもを対象とした性犯罪前歴者」だけでなく、他の犯罪の前歴者にも拡大することが話し合われており、この9月には、全出所者の8割程度が該当する見込みとされる、出所日の通知制度が始まっています。警察が捜査に便利な情報を手にすることと、実際に犯罪の再犯が防げるのかということには、大きな隔たりがあります。

 提供された、子どもを対象とした性犯罪前歴者の情報をどのように使用するのかについて、警察庁は次のように発表しています。
 「可能な範囲で出所後の居住状況を確認する。転居した場合は出所後の動向を踏まえ、可能な限り転居先の確認に努める。子どもに対する声かけ・つきまといなどが発生している場合は、行為者を特定するために、保有する情報を活用する。犯罪行為があれば検挙等の措置をとり、犯罪に至らなくても行為者に警告することなどで、未然防止に努める。性犯罪が発生した場合には迅速な捜査等のため活用する」。
 居住予定地の地域住民などへの情報開示はありません。居住地を管轄する警察署が、居住状況の確認と、不審な行動などに注意をはらうというものです。情報は、起きてしまった事件の捜査に役立ち、警察の検挙率を上げることに貢献することはたしかでしょう。しかし、肝心の再犯を防止する効果はどのくらいあるのでしょうか。現住所を把握することひとつとっても、自主的申告に頼るのか別の方策をとるのか、転居を繰り返す場合きちんとそれを追っていけるのか、また、行動に注意を払うといっても、性犯罪の問題に対する研修を積んだ人材による監視体制でなければ、適切な対処を期待できず、どこまでコストをかける覚悟があるのかについては、何も示されていません。逆に、出所者の社会復帰の妨げになるとか、明確な被害がない事案に力を入れすぎて本来の業務が手薄になる恐れなどをあげ、消極的姿勢をほのめかしています。

 性犯罪前歴者には、動向をチェックされているということが、犯罪の抑止力になるという説がありますが、効果を証明する報告は見たことがありません。逆に、今年5月、東京で、保護観察中の男が、未成年女性を監禁していて逮捕されたことは記憶に新しいことです。更に別の複数の女性への同様の犯行も判明し再逮捕されています。2年前、保護観察をつけられることになった事件も同様の犯罪でした。現実は希望的観測に合わせてはくれません。
再犯防止を考えるために重要なことは、日本では性犯罪が軽んじられている事実を、認識することです。殺されれば凶悪犯罪といわれますが、そうでなければ、例えば子どもへの加害行為は「いたずら」という、楽しむ男たちの言語が当てられています。こうした社会認識の中で実行される性犯罪に、どれほどの罪悪感や悔悛が生まれるでしょうか。刑法も、性犯罪に対する罪は、他の犯罪に比べて著しく軽いものです。強盗が下限を5年以上の有期懲役とするのに対し、強姦は3年以上の有期懲役です。強制わいせつ罪の多くは執行猶予がつきます。この社会認識を変えることこそ先決です。

アメリカの動き

 性犯罪前歴者の再犯防止の問題が論じられるとき必ず話題に上るものに、1996年5月に連邦法となったメーガン法があります。メーガン法は、1994年にニュージャージー州で、当時7才の少女メーガンが、近くに住む幼児虐待の前科のある男に殺害された事件をきっかけに、性犯罪前歴者の情報公開を求める運動が起こされ、同年ニュージャージー州で成立し、その後全米に拡大しました。内容は州によって多少異なりますが、登録された性犯罪前歴者の情報は写真と共にインターネットで公開され、市民が自由に検索することができます。日本からも、インターネット環境があれば見ることが可能です。また、凶悪な性犯罪前歴者が引越してきた場合は、州政府により近隣の住民たちに警告がなされます。 もう一つは、性犯罪前歴者にGPS監視装置の装着を義務付け、追跡・監視する方法があります。保護観察や仮釈放中ではすでに多くの州が実施していますが、今年に入って、4つの州――フロリダ、ミズーリ、オハイオ、オクラホマ――が一部の性犯罪者に対し、生涯、GPSで監視し続けることを義務づける法案を可決しました。生涯監視の法案は、他のいくつかの州でも可決・制定の見通しが伝えられています。

守るべきものは何なのか

 これらアメリカが進めている対策に対して、犯罪者の人権問題がよくいわれます。女性の人権を認めずモノとして扱い、中には命も奪った性犯罪者の人権を、予測される更なる犠牲者・死亡者の人権の上に掲げるのが正当なのか、議論すべきです。監視では問題は解決しないから反対だという人もいます。ならば、理想の対策を待つその間にも増え続ける犠牲者に向かって、どう責任を取る決意があるのでしょうか。明日命を奪われるのは自分以外の誰かだと、誰に保証されたというのでしょうか。私たちは被害を最大限食い止めるために何ができるのか、守るべきものは何なのか、常に現実を見据えて考えてゆかなければならないと痛感します。まずは、日本社会の性犯罪に対する軽んじた認識と偏見を改め、社会全体が問題と真剣に向き合うことです。

 また、忘れてならないのは、警察に捕らえられた事件だけが性犯罪なのではないという事実です。捕らえられ、法で裁かれて受刑者となる加害者は、ほんの氷山の一角です。犯罪は身近なところで日々繰り返されています。

 性犯罪の根本は、男の優位思想と、女性をひとりの人間とみなさない文化にあります。文化に後押しされた犯罪は減りません。問題の本質を正しく捉えることが対策のための第一歩です。

刑務所での再犯防止教育

 今回、警察への出所情報の提供と併せて、刑務所内の再犯防止教育が義務化されました。研究会を立ち上げ、有効な再犯防止教育のプログラムを今年中に策定の予定とされてます。

 性犯罪者の再犯防止教育の効果について、カリフォルニア州で行なわれている認知行動療法の研究報告があります。研究は、刑務所内での再犯防止教育を受けた犯罪者グループと受けなかったグループを8年間追跡し、再犯率を調べた結果、両グループに統計的に有意な差は認められなかったことを報告しています(Marques et al.,2005)。

 有効な矯正プログラムの実現には、問題の本質を正しく捉えることが不可欠です。凶悪な性犯罪が報じられるとき、よく目にするものに、加害者の不幸な生い立ちや家族の問題、イジメなどのつらい体験や劣等感の話があります。奈良市の事件もこれらの内容が挙げられており、弁護士は「その環境が生育に与えた心理的影響を専門家が調べ、犯行との関連をあきらかにして量刑の判断材料にする情状鑑定を請求する」としています。こうした対応は必ずといっていいほど見られます。しかし、性犯罪の原因を、環境やイジメや劣等感にもっていこうとするのでは、問題の本質と離れるばかりです。

 加害者が犯行を実行するのは、そうしたいから、楽しいからするのです。百パーセントの自己の楽しみの追求にエネルギーを傾けたに過ぎません。人々は、そのことは知りたくありません。本人も認めたくないので、捕まると、どうして自分がそういうことをしたのか、なぜ繰り返すのかわからないと述べる加害者は大勢います。

 性犯罪は特別な男が特別な事情で引き起こすのではありません。女は男の思いどおりになるものという、男の根深い妄想と、それを許容し実現を援護する社会の中に犯罪の根本があります。加害者の住居から決まって発見される大量のポルノの類は、彼らが簡単に社会から入手したものです。それらは手口を示唆し、彼らの思考を強化し、共感するメッセージを流しています。再犯防止に必要なのは、楽しいことをやめない男と、楽しみの応援を社会が担っているという事実を、はじめに正確に認識することです。

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