(発行・2003/12/15)「電話相談を受けて」より転載
夫や恋人からの強姦
ドメスティック・バイオレンス(DV)という言葉が一般に使われるようになり、ようやく夫や恋人からの暴力が社会的に被害として認知されてきました。
内閣府は、2002年に「配偶者等からの暴力に関する調査」―全国20歳以上の男女4500人が対象。回答は3322人(女性1802人・男性1520人)―を実施しており、その結果、女性の回答者中、〈身体に対する暴行をうけた〉は15・5%、〈恐怖を感じるような脅迫をうけた〉は5・6%、〈性的な行為の強要をうけた〉は9・0%という報告が出ています。この数字が即、女性の被害の実態を写していると受け取れるものではないにしても、問題に対して公的調査が行なわれ、被害が目に見える形で示されたことは確かです。
こうした被害のうち、身体的暴力や脅迫のような精神的暴力は、比較的被害として受け止められやすいのですが、夫や恋人からの性行為の強要については、それが性的暴力であり、強姦なのだという理解には結びついていないのが現状です。
見知らぬ男からの性行為の強要は被害だとされても、夫や恋人からの性行為の強要は、被害とは思われていません。
しかし、たとえ夫や恋人からでも、強要される性行為は強姦です。
女性にとっては同じ被害が、加害者が誰かによって、被害と認められなくなってしまうのはなぜでしょうか。
その土壌には、この社会に根付いている「女役割」があります。
妻であれば、家事や育児をすること、夫の機嫌を取ることは当然のこととされています。そして、夫の性的要求を満たしていくことも妻の当然の役割なのです。更に、この役割をうまくこなしていくことが女性としての評価に繋げられています。これは、妻と呼ばれていようとそうでなかろうと、男女がカップルになれば関係性は同じことです。
そもそも「女役割」とは、男社会が女性に対してその立場や行動を規定し、都合良く操作するためのシステムです。 この巧妙な支配構造の中では、夫や恋人からの性的強要は「女役割」のもとに抑えこまれ、ないことになってしまうのです。加害者が誰かによって、同じことが被害だったり被害でなくなったりする理由はここにあります。
「女役割」の問題を捉えることが、女性への暴力全体の理解に不可欠です。